実践例1、M君小学1年生の場合

これまでに実践したケースをご紹介します。

(※事例はご本人が特定されないよう、一部改変してあります)


〔ケース概要〕

 幼少期から市の健診などで指摘があり、就園前の療育グループにも親子で積極的に参加していました。幼稚園に入園してからも療育グループに参加し続け、徐々に落ち着きが出て来ましたが、幼稚園では常に個別の配慮を必要としていたようです。就学相談では普通級と支援級の選択で非常に迷われ、最終的には普通級を選択しましたが、様々な適応上の問題があり、支援級の先生からの勧めもあり、2年生から支援級を選択しました。M君とは1年生の時に出会い、個別の発達トレーニングとして集中力を伸ばすための”聞き取り”トレーニングや、学校での学習の定着度を確認するために一緒に宿題に取り組みました。併せて、お母さまから過去の経緯や学校との付き合い方の相談、進路の相談に乗ったケースです。


〔M君の紹介〕

 M君、男の子、多動性・衝動性が高く、じっとしていること、待つことが苦手。

長所は笑顔と、人の名前をすぐに覚えられること!とても愛らしい笑顔の男の子。

知能検査の結果はIQ70で、軽度の遅れ~境界域の水準。


〔M君との出会い・初回相談〕

 出会いからとてもハイテンションで、笑顔の多い、ちょっと落ち着きのない、可愛らしい男の子でした。対してお母さまはとても落ち着かれており、穏やかで上品で、M君への対応は淡々と冷静になされていて、その姿が対照的でした。

 お母さまからは1歳半健診で言葉の遅れを指摘され、市の療育グループに通い始めたこと、受診した医療機関で「AD/HD」の診断がつけられ、とてもショックだったこと、そして『絶対に小学校に上がるまでにこの子を”普通”にする!」と強い決意をしたことなどを伺いました。

 元々の性格は引っ込み思案で自分から新しい環境に出ていくことはないタイプだったと振り返られたお母さまでしたが、「AD/HD」の診断が下りてからは”スイッチ”を入れ、少しでも子どものためになることがあれば取り入れ、本を読んで勉強し、子どもを叱咤激励しながら子育てに取り組んできたそうです。

 幼稚園は地元の私立を選択。園児の数が多いマンモス園でした。M君の多動性や衝動性を心配した療育の先生たちからは「少人数で見てもらえる方がいいんじゃない?」と勧められたそうですが、お母さまは”あえて”、大人数で教育カリキュラムのしっかりしているその園を選んだとのことでした。そこには、”いずれ地元の小学校の普通級にいれるためには、今から慣れさせておいた方がいい”というお考えがあったようです。

 幼稚園では保育室から飛び出す、先生のお話を座って聞けない、だしぬけに自分の考えを話し出す、などなど、困った行動がたくさんあったそうですが、その度に幼稚園の先生たちと話し合い、受診していた医療機関の主治医に相談していたそうです。幼稚園に行きだしてからも通っていた療育グループの先生たちに、園と情報連携や園訪問をしてもらうこともしていました。

 幼稚園生活も3年を過ぎ、年長になる頃には教室から飛び出すことはなく、椅子に座って自分の番を待つことが出来るようになっていたそうです。ただし、座席は先生の目が届きやすい前の方にする、個別に声掛けをする、といった配慮はされていたそうです。

 年長の夏には市の教育委員会の就学相談に出向き、判定は『支援学級」でしたが、お母さまの希望で普通級を選択されました。園の担任からも「M君なら大丈夫!」と言ってもらえたことが、お母さまの決断を後ろ押ししたようです。(主治医からは支援級を勧められていたそうです。この頃、『AD/HD』に加えて、『自閉スペクトラム症』の診断も追加されました)

 そして春から地元の小学校の通常学級に入学し、1年生がスタートしました。心配していた4月当初でしたが、意外に担任から問題点を指摘されることはなく、5月の家庭訪問も特に大きな話はなく済んだそうです。”このままいけるかな?”と思っていた6月頃、初めて担任から「落ち着きがなく、よく物を落としたり忘れたりする」「特定の男の子とよくケンカになる」「授業中に当てると、上手く字を読めなかったり、ノートを見ると見出し程度しか書けていなかったりする」と話がありました。

 その後、困ったお母さまから連絡があり、当方での相談を開始しました。

 上記の話を伺った後(ちなみに、その間もM君はおもちゃで遊びながらも話の一部を聞きかじっては話に参加し、セラピストが「そうだね。でも今お母さんと大事なお話をしているから、おもちゃで遊んでいようね」と言うと「うん!わかった!」ととびきりの笑顔で返事をし、また3分もしない内に話しかけてくる、ということを何度も繰り返していました)、筆者はM君に「M君のことをもっと知りたいな。お名前、書いてみてくれない?」と、白紙の紙を渡し、筆記スキルのアセスメントをしました。

 すると、ひらがな自体は書けており、一部漢字を書くなど、意気揚々としていたM君でしたが、運筆にぎこちなさがあり、字形が整わないこと、字の大きさもバラバラなこと、一部に鏡文字が見られました。そこで、次に一文字ごとの大きさが枠で示されている、方眼紙のようになっている紙を渡してもう一度書いてもらったところ、先ほどより大きさが整い、きれいに書けていました。

 学校で使っているノートを見せてもらうと、縦線は入っているものの、横線はなく、またその縦線の幅自体もM君にとってはやや狭い印象の物でした(縦書きのノート)。書いた文字を見ると、縦線をまたいで斜めに字を書いていたり、1行分飛ばして書いていたりする様子も見られました。

 このことから、M君の現在の書字スキルからすると、フリースペースに自分で文字の大きさを判断して収めること、薄い補助線に注目し、はみ出さないように鉛筆を動かすことが難しいのだと考えられました。

 そこで、お母さまには出来るだけ方眼紙のように、一文字の大きさが決められており、かつ、中心に補助線が入っていて、字のバランスが取りやすいノートを使うことを提案しました。

 次に、国語の教科書を持ってきてもらい、音読してもらうと、文字の読み飛ばしが多く、1行飛ばしたり、もう読んだ行に戻ったりしていました。セラピストが今読んでいる部分を指でさして、次の行に行くときにも指をそこに当てると、文字の読み飛ばしや読み間違いはあるものの、行を飛ばすことはありませんでした。

 このことから、M君は”ひらがな”と”音”の組み合わせは理解し、音読できるものの、”眼球移動”がスムーズに出来ておらず、”1行終わったら素早く次の行の先頭を見つけること”が難しいのだと考えられました。そのため、読むところを指でさしたり、定規などを当てて今どこを読んでいるのかを明確にすることが、M君の読みやすさにつながる支援だったのです。(読み終わった後、文章の内容についてごく簡単な質問をしましたが、答えられませんでした。”音”として文章は読めても、内容の理解までは難しいようでした)

 お母さまには文章を読むときに指をあてて読む癖をつけることや、定規などを当てることを提案し、今後音読の宿題の時には親子で実践してもらうことを宿題としました。


 このような初回の相談を終え、M君の現在の課題としては、

  • 学習にあたり、M君の特性に合った勉強方法や支援方法を見つける必要がある事
  • 集中力が短く、すぐに気が散るため、集中しやすい環境を整える必要があること
  • 教育者・支援者側が、M君の気が違う所に行ってしまわない内に素早く次の課題を提示するなどの工夫が必要なこと

 以上3点があることをお母さまと確認しました。

他にも毎日の教材の用意や着替え、洗濯物の始末など生活上の課題もありましたが、お母さまがM君の特徴をよく捉え、努力や工夫をされていたので、そんなお母さまの頑張りを励ます形で話を終えました。


〔M君のトレーニングと、進路の相談・2回目以降のカウンセリング〕

 初回のアセスメントを受け、M君に用意したプログラムは以下のようなものです。

 月に1回~2回のペースで家庭を訪問しました。

  • ①宿題をする

 宿題を終わらすことが目的ではなく、共に宿題をすることでM君が何に困っているのか、そしてどう教えることがM君にとって分かりやすいのか、それを知るために行いました。

  • ②聞き取りトレーニング

 セラピストが文章を読み上げ、手元のヒントになるような紙を見ながら、M君が答えを言うもの。

 ところどころひっかけがあり、よく注意して聞いていないと正解できない仕組みになっている。

  • ③カルタ(3ヒントゲーム)

 3つの特徴をセラピスト(お母さま)が読み上げ、その3つの特徴を満たしているカードをとるカルタ。

 こちらも②と同様、集中力を伸ばす目的で設定しており、プログラムの最後なのでゲーム感覚で取り組めるものを要しました。

 このようなプログラムを行い、M君の集中力の向上を促し、同時にM君にとって何が課題なのかをアセスメントし続けました。そこから見えてきたことは…

  • 一つの事を習得するのに人よりも倍以上時間がかかること
  • 一度できたことでも、時間がたつとまた忘れていること
  • 口頭のみでの指示はすぐに忘れるが、手元に絵やイラストなどのヒントがあると、聞き取りが上手に出来ること
  • 負けた時に悔しくて泣けてしまうこと

でした。

 M君と接しながらセラピストは『この子が通常学級で一斉指示の授業や生活についていくのは、大変な努力の要ることだなぁ』と感じていました。

 事実、2学期以降、M君は授業中にぼーっとしていたり、鉛筆をかじって何本も鉛筆をダメにすることが出てきました。元来明るい性格なので休み時間は友達を積極的に遊びに誘うものの、すぐに違う遊びを始めてしまうので、なかなか関係性が定着せず、次第に一人で遊ぶことが増えていきました。この頃から、チックと呼ばれる意図しない表情の変化や、「あっ」「あっ」という声が漏れることも目立って来ました。

 お母さまとも相談する中で、セラピストが伝えた工夫を学校の先生にも実践してもらえるようにお願いしましたが、35人の学級の中でM君にさける時間や力は限られており、十分な配慮をしてもらえたとはいい難い状況でした。一方で、セラピストとのトレーニングの中ではちょっとした個別の配慮(気がそれた時に声をかける、体勢が崩れた時に「かっこいい姿勢だよ」と声をかけるなど)で集中力が戻ったり、筆者がもたもたして次の課題を出すのが遅れると、たちまち席を立てどこかにいってしまうため、こちら側の工夫次第(M君が何もすることのない時間を作らないこと)で、M君が課題に集中しやすくなることがわかってきました。また、知的能力から、課題の内容もM君の発達に沿ったものを提供すると安定して取り組める姿が見られました。

 家庭でのトレーニングの様子を見ること、加えて学校との話し合いを続ける中で、『絶対に普通級!』と思っていたお母さまの心境にも少しずつ変化が見られました。本音のところでは普通級でいさせたいものの、学校で沈んだ表情をしているM君を見て、「普通級で頑張らせたいのは自分のエゴなんではないか…」と悩まれたり、「支援級に入ることで『”ふつう”と違う』というレッテルを貼られることにどうしても納得がいかない」と、涙を流しながら話されました。

 セラピストからは「何よりも大事なのは子どもが”イキイキと”学ぶ姿であり、どこで学ぶかと言う場所が重要なのではないこと」、「『分かる!』『出来る!』という積み重ねがやる気や自信をつけることに大事であること」、「支援学級に在籍したからと言って、一生支援学級に居なければならないという意味ではなく、成長に合わせてまた普通級に戻る可能性もあること」などを伝えました。

 お母さまは非常に悩まれた末、最終的にはその時の支援学級の先生からの勧めで、2年生から支援学級に移ることに決められました。春からは支援学級で基本的な生活をしながら、体育や音楽、その他一部の授業は通常学級で学習するスタイルで生活されるそうです。

 今後、トレーニングは上記①~③を基本的には続けつつ、学習のサポートが学校で厚くなることから、内容を対人関係のスキルや、負けた時の振舞い方などのソーシャルスキルにシフトしていく予定です。

発達相談室つばさ

枚方市、交野市を中心に育児・発達相談をしています。 ご家庭に訪問し、各家庭に合ったオーダーメイドの育児支援、環境調整、助言を致します。 育児のこと、お子さんの発達のこと、幼稚園・保育所・学校等での適応面のこと、なんでもご相談ください。

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