実践例2 K君幼稚園年長の男の子①

 「とにかく怒ってばかりでイライラする。小学校に上がるまでになんとかしたい」冒頭からお母さまがそうおっしゃったケースを紹介します。

※事例は本人が特定されないよう、一部改変してあります。


〔ケース概要〕

 健診などで指摘はなかったのですが、幼稚園に入り集団生活が始まると、教室に居られない、友達を叩くなどのトラブルが出てきました。家庭では厳しく叱り、幼稚園の先生にも厳しく指導してもらうようにお願いしていましたが、一向に改善されませんでした。担任から幼稚園での様子を聞くたびにお母さまはイライラし、次第に手も出るようになってきました。専門の病院に診てもらうことも考えましたが、旦那さんに反対され、お母さま自身も『”障害”と言うレッテルを貼られたくない』という思いから、受診は見送りました。しかし、年長の秋、就学を目前にして、何かしなければ、という焦りもあり、知人の紹介で当方の相談を申し込まれました。お子さんには簡単なゲームや学習を通して、『短時間でも”待つ”練習をすること』、『負けた時の悔しい気持ちをコントロールすること』、などのトレーニングを行いました。加えて、どうしても怒ってばかりになってしまうのを改善したいというお母さまの希望から、個別のペアレントトレーニングを行いました。また、相談を続ける中でお母さまからの希望もあり、所属する幼稚園へ訪問し、先生方との話し合いを行い、園生活での適応面の改善をはかりました。


〔K君の紹介〕

 私立幼稚園に通う年長の男の子。

 知的能力は平均の水準で、多少難しい言葉でも理解しており、大人びた発言もある。

 多動性・衝動性の高いタイプで、興味の有る事にはとても良い集中力を見せるが、興味がないと全く集中しない。

 「どうせ僕は…」が口癖。


〔K君との出会い、初回相談〕

 初めてお会いした時、とても緊張しており、カチコチに固まりながら「よろしくお願いします!」と丁寧にお辞儀をしたことが印象的な、活発そうな男の子でした。事前に聞いていたよりも落ち着いて座っており、頭の回転の速い子で会話もスムーズでした。しかし、2歳下の弟との接し方を見ていると、おもちゃの貸し借りですぐに手が出たり、無理矢理に奪う姿が見られ、集団生活での大変さが垣間見えました。自己紹介ではすらすらと自分の名前を書き、名字は漢字で書けていました。それを褒めるととても嬉しそうな笑顔を見せ、「算数も出来るよ!」と、足し算や引き算を筆算して見せてくれました。”褒められたくてたまらない”まさにそんな感じが全身から出ていました。

 一方で、お母さまはそれを見て「こういうことは出来るんですけど…」とため息まじりに苦笑いし、これまでの生活を語ってくれました。

 健診などで指摘があったことはなく、歩き始めや言葉の話し始めも早かったそうです。家のTVを倒したり、棚によじ登ったりすることがしょっちゅうで、外出するときは手を離すと危険な場所でもどこでもいってしまい、よく迷子になったとのことでした。しかし、第1子ということもあり、特に問題視していなかったそうです。

 問題を感じ始めたのは幼稚園にあがってから。保育室に居られない、すぐに友達に手を出す、などのあらわれが年少の1学期から見られました。お母さまはその都度K君に厳しく叱りましたが、その場では「ごめんなさい…」と謝るものの、状況の改善は見られませんでした。また、動き始めた当時1歳の弟にも手加減なくたたいたりモノを投げたりするため、家の中では常に怒鳴っていた印象があると語られました。親や知人に相談するものの「男の子はそんなもの」、「そのうち落ち着く」そう言われ、不安はありながらも様子を見てこられたそうです。

 年中に上がる頃、それまでは笑顔で幼稚園から帰ってきて、その日あったことを話してくれていたK君が、あまり笑わなくなり、幼稚園の話をしなくなったことに気が付きました。幼稚園の先生に話を聞くと、年少から続くトラブルのため、クラスメイトから「K君はすぐ怒って叩くから、一緒に遊ばない」と言われ、幼稚園では孤立しがちであることを聞きました。

 慌てたお母さんはK君に『友達を叩かない』、『先生の言うことを聞く』と約束させ、毎日帰ってきたら「今日はケンカしなかった?」「先生の言うことをちゃんと聞いた?」と確認したそうです。

 そんな努力とは裏腹に、K君のあらわれは改善することなく、お母さまがK君を叱責することが増え、逆に弟が空気を読んで賢く振舞うために、弟と過ごす時間が増えていったそうです。それをみたK君は嫉妬から弟に辛く当たるようになり、お母さまからの叱りを受けるという、そんな悪循環が続いていました。

 家庭の中はピリピリした空気になり、お母さまも”怒りたくなくても怒らせることしかしない”K君の扱いに困り果て、専門機関の受診も頭をかすめましたが、旦那さんに相談したところ「K君は普通だ。必要ない」と言われ、”もし受診して障害名がついたらどうしよう”との不安もあり、受診は見送りにしました。

 しかし、時が過ぎてもK君が落ち着くことはなく、このままでは小学校に上がれないかもしれない…そんな不安がピークに達したころ、知人の紹介で当方の相談を申し込まれました。

 このような話を伺う間も、K君はおもちゃで遊ぶふりをしながらもチラチラとセラピストらの方を気にしていました。自分がどんな風に話されているのか気がかりなようでした。弟と同じおもちゃで遊んでいるとお母さまから「叩いたらあかんで!なかよくしーや!」とピシャリと言われる姿が何度もありました。セラピストが何気なく「あ、今弟くんにおもちゃ貸してあげたね。優しいじゃん」というと、”へ?”という感じでぽかんとしていました。そんなことを言われたことは一度もなく、戸惑っているような印象でした。

 一通り話を終えたお母さまからは「どうしたらいいですか?!普通になれますか?!」という質問を受けましたが、筆者からは「まずはK君が集団生活に必要なスキルをどの程度身につけているか、遊びや学習を通して確認しながら、必要なことを見極め、家庭で練習していみましょう。また、K君の子育てにはちょっとした”コツ”が必要なようです。それを学ぶことでお母さまが怒る回数を減らし、褒める回数を増やすことが出来ますが、興味がありますか?」と問いかけたところ、「そういう関り方があるなら是非知りたいです!」とのことでしたので、K君のトレーニングに加えて、お母さまには個別のペアレントトレーニングを受けて頂く事にしました。

 K君のようなタイプの子の場合、多動性や衝動性が高く、自分でも悪いことと分かっていても、頭で考えるより先に体が動いてしまうことがよく見られます。後で「なんでそんなことしたの?!」と問い詰めると、理由が言えてしまうために、「わかってるならやめなさい!」とさらに叱られるパターンになりやすいことも特徴です。親御さんはなんとかいけないことを理解させ、やめさせようとするために叱ったり脅したりご褒美でつったりと、あらゆる手段を試しますが、上手くいかず、それが毎日繰り返されるのでイライラがどんどんたまっていき、子どもの些細な行動でも怒りスイッチが入り、怒る回数が増えます。一方で怒られた子どもは『またやってしまった…』、『こんなに怒られる自分は悪い子なんだ…』、『お母さんはきっとこんな僕を嫌いなんだ』と自信や自己肯定感を無くしていきます。満たされない気持ちは弱いものへ向きやすいので、下にきょうだいがいる場合には当たり散らすこともよくあり、ますます悪循環に陥ります。K君のご家庭はまさにこの悪循環にハマっており、K君の集団での適応を改善するとともに、家庭での母子の良好な関係を取り戻し、K君が褒められて自己肯定感を増し、情緒的に安定することが必要だと思われました。

 K君へのトレーニングとしては

  • 着席し、先生(筆者)の指示に従う練習
  • ルール性のある遊びを通して、ルールを守ること
  • 負けても投げ出したり過度に怒ったりせずにゲームを続けること

を設定しました。

 お母さまへはK君へのトレーニングとは別の日に、K君がいない時にペアレントトレーニングという子どもの褒め方・叱り方の具体的な講義と練習、家庭での簡単なホームワークをやって頂きました。

 K君のトレーニングは月に1回とし、ペアレントトレーニングは月2回の頻度で3か月、集中的に行いました。


〔トレーニングの様子〕

 K君へは、その都度細かに内容を変えながらですが、例えば以下のようなプログラムを実施しました。

①1分間集中トレーニング

 1分間楽な姿勢で横になる。次は1分間楽な姿勢で着席する、などなど、まずは短い時間を目標に集中して物事に取り組むための準備運動を実施しました。「1分じゃ短すぎます」とお母さまから苦情を頂きましたが、まずは短い時間でも物事に集中する、という練習を積むことが大切です。

②ひらがな、数字の練習

 トレーニングをする際、まずはお子さんの得意なことから始め、褒めて自信をつけることが肝心です。K君が既に身につけていることを更に伸ばし、褒めるチャンスを沢山作りました。

③カードゲームやジェンガなど

 知的能力の高いK君はルールをすぐに理解できます。そのルールを守りながら、特に負けた時の振舞い方に焦点を当てて取り組みました。

 最初の頃、予想通りK君は1分間横になり、じっとしていることが難しいお子さんでした。まず、”力を抜く”ということがどういうことか分からないのです。常にどこかに力が入っており、脱力できませんでした。セラピストが体を触ったりマッサージしながら、体験的に力を抜くことを覚え、最初はばたばたと1分どころか30秒ももたずにもぞもぞ動いていたK君でしたが、回数を重ねると意味を理解し、1分だらんと横になり、にんまりとどや顔を浮かべるようにまでなりました。

 何度かトレーニングを重ねるうち、①番で姿勢の維持だけではなく、数字の聞き取りや、同音異義語の訓練を取り入れました。本来は、賢いK君の知的好奇心を刺激しながら、集中して人の話を聞く、作業に取り組むというトレーニングでしたが、そこで新たな発見もありました。

 同音異義語とは、例えば『服を”着る”』と『野菜を”切る”』などの同じ”きる”という音でも意味が違う言葉の事です。なんと、漢字の書き取りや算数など小学1年生くらいの問題はなんなくこなせるK君は、この違いが分からなかったり、『ひもを”巻く”』の同音異義語に『水を”まく”』があると例を出すと「水は”巻け”ないよ」と真顔で答えたのです。「水は触れないし、あ、触れるけどつかめないでしょ?だから水は巻けないし、水に形を作れるのはペットボトルに入れるとかする時だよ」と大真面目に解説してくれました。筆者が水を撒く真似をしながら説明しても「見たことない!」との答えでした。最近は打ち水をする家庭も減っているようです…。イラストを描き、『水を地面に投げる?ことが”撒く”ということ』なのだと説明すると、ようやく理解したようでした。

 多くの子の場合、このような場面に出会い、たとえ”撒く”という言葉に初めてであったとしても、少しの説明で瞬時に意味を理解します。言葉の意味や微妙な変化に対して柔軟なのです。しかし、K君のようなタイプの子は言葉の意味理解や使い方に独特の固さがあるため、この微妙な違いが分からないこともよくあるのです。これが日常場面でどうあらわれるかと言うと、慣用句やことわざ、ちょっと間違った言葉や文法でも、ニュアンスで意味が通じている言葉などが理解しづらいということなのです。このことから、”賢い子”と思われているK君が幼稚園などで、周囲の言葉の意味が分からなかったり、誤解して解釈し、そのままに振舞った結果周囲からひんしゅくをかったりすることが予想されました。行動の派手さに隠れて、K君の生きづらさが見えたようでした。お察しかもしれませんが、K君は『自閉スペクトラム症(ASD)』の特徴も一部持ち合わせていたのです。

 ②番のトレーニングはもともとが得意なことなので、小学校1年生初期レベルの事はなんなくこなしていき、アルファベットもすべての文字が読めて、書けるようになりました。幼稚園の先生に披露し、褒めてもらう機会にもなっていたようです。

 ③番のトレーニングは、当初大いに難航しました。少しでも負けそうになると、途中でルールを強引に捻じ曲げるか、ゲームを中断してしまったのです。大泣きをしながら、筆者が帰るまで涙が止まらないこともありました。しかし、ゲームを始める前に『負けた時はお母さんにハグしてもらう』、『いやな気持になった時は、3分間休憩できる』、『負けても、そのあと勝つこともある』、『負けても怒らずに続けると、その後も仲良く出来る』ということをK君と確認し、ゲームを始めるようにしました。

 すると、最初は分かっていても堪えきれなかったK君でしたが、次第にお母さんの服の裾をつかみながら、悔しさを必死でこらえながらも最後までゲームを続けられるようになりました。負けた時の振舞い方(お母さんにハグしてもらう)や、3分の休憩時間を使い、落ち着くまでにかかる時間も短くなってきました。

 俗にいう『1番こだわり』です。ゲームでは勝つこと、順番では1番であることにこだわりを見せ、そうでないとかんしゃくを起こしたりする行動の事を言います。大人との1:1での関りでこれだけ荒れるK君ですから、園児だけの集団生活ではどれだけ他者と関わることが難しいか、想像するのは難しくありませんでした。年長児ともなると勝ち負けのある遊びや順位のつく遊びは山ほどあります。家庭ではお母さんとのハグで”栄養補給”をして落ち着いていましたが、園にはお母さんはおらず、園生活を一体どうしているのか、セラピストはとても気になっていました。

 こういったトレーニングの様子を見ていたお母さまから「うちでやれることがあればやるんですけど、園の生活は実際わからないし、助けに行けるわけじゃないから、どうしたらいいか分からない」という言葉がもれました。

 そこでセラピストから提案したのは、実際にセラピストがK君の通う幼稚園に出向き、園生活の様子を観察し、担任の先生らとK君の様子について話し合う機会を設けてはどうか、ということでした。

 お母さまからの同意が得られたので、幼稚園にアポイントメントを取り、園訪問へ出向きました。


その②へ続く…

発達相談室つばさ

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